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2017年5月11日 (木)

そこに物語はあるか

 作家の吉行淳之介は、エッセイで「気に入ったことばが見つかれば、そこから一篇の物語を編むことができる」という趣旨のことを書いていたことがあります。そのためかどうかわかりませんが、吉行の小説のタイトルは、短い語が多いような気がします。
 「私も同感です」などと言って吉行と並ぶつもりはないけれど、でも、いわゆる「物語作家」にはそういう傾向が強いような気がする。...

 で、突然、話は変わるけど、以前、あるアイドル好きの友人と話していて、「われわれはなぜ美少女が好きなのか」というテーマで盛り上がったことがある。

 「アイドル好き」、「美少女好き」を自称すると、すぐに、良くて「オタク」、ヘタすると「危ないオヤジ」などというレッテルを貼られてしまうので、あまり明かしたくはないけれど、中高年の女性に「ジャニオタ」や「韓流オタ」が珍しくないのと一緒で、決してアブナイ人種などではないことは、この際、声を大にして訴えておきたい。
 それはともかく。

 議論百出して出した答は、「そこに物語を感じるから」というものでした。
 その「物語」とは、別名「妄想」と呼ばれるものも、もちろん含まれるけど、それだけに留まらず、幼き日のノスタルジアだったり、辿ってきた人生を振り返ってふと感じる“何か”だったりで、そのアイドルとどうにかなってしまうような妄想とは、ちょっと異質なものである。

 その考えを敷衍すると、アイドルといった“人”だけでなく、たとえば歌なんかでも、そこに物語、ドラマが膨らんでくるような歌が、実はけっこう好きだったりする。
 たとえば、森高千里の『渡良瀬橋』。じっと聞いていると、まさに一篇のドラマが紡ぎ出されてくる。歌詞をここに書くことはできないので、歌詞検索サイト等を参照して下さい。

 まぁ理屈立てて解説するのも野暮な話で、読む人聞く人の感性のままに受け止めればそれでいいのだけれど、やはり、なぜ「あなたがこの街で暮らせない」のか、そしてなぜ「私ここを離れて暮らすことできない」のか、そこにいろんな物語を感じてしまいます。
 ありきたりな想像だと、「私」は親と離れるわけにはいかない境遇、「あなた」は今の仕事が好きで東京を離れられない、なんていうところでしょうか。

 わりと最近知った曲に、辻香織の『ディセンバーワルツ』という歌があります。
 歌詞は見つけられなかったので、Youtubeで検索して実際に歌っているものを聞いて下さい(https://www.youtube.com/watch?v=yhGjRukdkDk)。とてもいい歌ですヨ。

 歌詞を表示できないから説明しづらいのだけど、気になるのは、「わたし」と「あなた」がどういう関係なのか、というところです。
 印象としては、二人は道ならぬ恋に落ちているんだけど、詞の中には、それを匂わす語、ワードは、一切ありません。
 しかも二人のそれぞれへの想いに温度差があって、彼女の方はまともな関係になって恋を成就させたいと想っているんだけども、彼の方はそうでもなくて、このままでもいいと想っている。
 歌の中に台詞があって、「犬があんなに急いでいる。おうちに帰るんでしょ?」と切なげにつぶやく。この「おうちに帰るんでしょ?」が、彼が家族の待つ家に帰っていくことの暗喩にしているとか、なかなか芸が細かいと思う。

 ちなみに辻香織は今現在36歳で、決して若くはないのだけど、声も容姿もとてもアラフォーには見えず、表現力もあって、この歌の完成は彼女に負っているところがかなり大きい。

 ひとつの「ことば」、一人の「美少女」、一遍の「歌詞」。
 何かに触れて、そこに秘められている「物語性」を自分で表現できる人は、作家になったりソングライターになったりするのだろう。そしてそれを自分でできない人たちは、発信された数多の作品に、自分の感じたものを重ね合わせ、同化させることで満足を得るのだと思う。

 一人の人間でも、感性は環境や年齢で変わってくるぐらいだから、いろいろな分野での「作品」が世の中で飽和状態になることはこれからもない、と信じたい。
(2016.07.03)

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