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2017年5月27日 (土)

我々は人体実験の最中(さなか)にある?

 一昨日のLINEでの北海道新聞の配信記事で、化学物質過敏症の子どもやその親が交流できるサロンが、札幌市内にあることを知った。
 そういうサロンがあるということは、悩んでいる子や親は、きっと多いのだろう。道新も、そういった方々を追いかけ、紙面では何度か取り上げているようだ。

 化学物質過敏症という病名はうっすらと記憶していた程度だが、記事では、新しい家具や建材、合成洗剤で洗った衣類などに触れたり曝されたりして発症するとある。
 症状は、今あらためて調べてみると多岐にわたるそうで、気管支系や皮膚の疾患、下痢や便秘などの消化器系、さらには不眠や不安、鬱などの精神症状に及ぶこともあるという。
 記事には触れていないが、私が気になるのは、こうした子どもたちが以前から一定比率でいるのか、それとも増えているのか、という点である。

 中学生の時、夏休みの社会の課題だったと思うが、「社会問題を一つ取り上げてレポートを書く」というものを出されたことがある。
 私がその時に取り上げたのは、食品添加物だった。その何年か前、人工甘味料のチクロが、発がん性があると疑われ使用禁止になり、それ以来、あれがダメ、これも危ないと、けっこう世の中を騒がしていた。

 たまたま書店で、「危険な食品」という新書を見付け、新書なので読むのにも手頃だと思い、深く考えることもなく決めたのだが、けっこう引き込まれましたねぇ。
 著者はまったく憶えていないけど、出版社は三一書房というところで、今、検索してみたら、絶版になっているのか、さすがに探せませんでした。まぁ数十年前の話で、資料やデータも今となっては通用しないだろうから、それは仕方ないだろうけど。

 それはともかく。
 本の内容は、一つ一つの添加物の危険性を紹介するというよりも、なぜそういった危険性のある物質が口に入るものとして認可されたか、を追求するものだったと思う。
 詳細は憶えていないが、要するに販売価格の安いものを消費者が望んでいるという一面と、あとはお定まりの、大企業であるメーカー(添加物の製造業者よりも、むしろ食品工業の方を糾弾していたような)のコストダウンを支えるために、国が消費者を犠牲にした、というような趣旨が書かれていたと記憶している。

 加えて、ここが今でもこの本のことを憶えている最大の理由なのだが、食品添加物の問題は始まったばかりで、たとえばマウスの実験で安全だったとしても、人間の体内に少しずつ取り入れられたときに、それが30年後、50年後、さらには孫子(まごこ)の代まで続いたときに、人間にどういう影響を及ぼしているかは、だれも予測できない、と結んでいた。

 そのことがずっと頭の片隅にあって、たとえば「子どもたちがキレやすくなった」とか「凶暴性を帯びてきた」なんていうメディアや関係機関の分析があったりすると、勝手に、食品添加物を取り入れ続けてきた影響か、なんて、今でもつい考えてしまう。一昨日の道新の記事に反応してしまったのも、そうした背景があるからでした。

 化学物質過敏症と食品添加物の因果関係については、ネットでざっと調べる限り、特に言及したものはなかったが、近年、鬱や神経症などの精神・神経疾患が増えていることについて、体の内外から化学物質を取り入れていることと結びつけている主張はあるようだ。
 「危険な食品」よりずっと後に書かれた漫画「美味しんぼ」の中にも、食品添加物については、全人類規模の壮大な検証実験の最中である、という趣旨の表現があって、この作者も「危険な食品」を読んだのかいな、なんて思ってしまったが、果たして、この実験の結果はいつ明らかになるのだろうか。

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