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2017年5月11日 (木)

思い通りに生きるということ

 人間の生命には、思うように生きていくことができるパワーが秘められている、という思想がある。
 この思想を突き詰めていくと宗教とか哲学に繋がるんだけど、今回、書きたいのはそういう深遠な話ではなく、どうしたら包丁がよく切れるようになるか、ということなのです。

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 たとえば長ネギを小口切りにするとき、切れない包丁だと、一番外側の皮がくっついたままになって、最後は手でバラバラにしなければならない、なんていう経験は誰にもあると思います。ちなみに我が家では、食事の支度は私の分担ですが、それはともかく。
 最近は簡易研ぎ機もいろんな種類のものが出ていて、割と手軽に研げるんだけど、やはり砥石で丁寧に研いだものには適わなくて、数日で元に戻ってしまう感じがする。
 といって、砥石で研ぐのって、石に水を充分吸わせるなどの準備が必要だし、心が安寧なときにやらないと結局きれいに仕上がらない、ということもあって、これまたけっこう面倒です。

 あとは切り方で、スパッ、スパッと切れるようにならないかと思うのですが、これが実は、あるんですよね、奥さん! いや、まぁ奥さんに限定しなくていいんだけど。

 結論から言うと、「これは切れる包丁である」と強く思い込むことなのです。
 そして切るときに、重い中華包丁などをイメージして、「材料の上に乗せるだけで、あとは包丁自身の重みで自然に刃が入っていく」様子を思い浮かべて下さい。
 そうして切っていくのだけど、実際には垂直に刃を降ろす「押し切り」はしないこと。刃渡りの前4分の1ぐらいのところに材料の向こう側を当て、刃がまな板に着くときに刃の手前が掛かるように、向こう側に滑らせながら切っていきます。
 すると、あら不思議、本当にスパッ、スパッと切れていくんだから。

 ここまでの過程で、一番大事なことは何か。
 ふつうなら、「刃を滑らしながら切っていくこと」と考えるでしょう。実際、それも大事な要素ではあります。
 でもそれ以上に大事なのは、「これは切れる包丁だ、当てるだけで、包丁の重みで自然に切れていく」と、強く思い込むことの方なのです。

 といっても、残念ながら、証明する術はないヨ。何回も試してみての、経験則だから。
 まぁ砥石で丁寧に研げば、そういうふうに心を定めなくても、よりスパッと切れるだろうし、刃のついていない単なる鉄の板だったら、さすがにいくら念じても切れないとは思うけどね。

 そういえば、中国の古い故事に、こんな話があるそうです。

 ある若い武将が家を留守にしているときに、最愛の母を虎に食われてしまった。彼は虎への復讐を誓い、戦に出るのをそっちのけにし、人食い虎を探し回った。そしてとうとうその虎を見付け、「母の敵(かたき)」と念じながら矢を射ると、矢は見事に虎を射貫いた。
 ところが、大喜びし、虎のもとに行ってみると、それは虎によく似た岩であったそうな。
 そして岩と分かってからは、そのあと何度矢を射ても、矢は岩に刺さることはなかったんだとさ。

 武将が主人公なので、戦いに臨むに際して一念を定めることがいかに大事か、を説いたものだと思います。でも我々平民(?)の日常生活には当てはめてみると、実は包丁でモノを切るときに何が大事かを教えている話なのでした。
 なんてね。
(2016.07.03)

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