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2017年5月11日 (木)

ドラマに見る自衛隊への評価

 先日、東京に住む娘のところに行ったときに、Amazone Prime の会員になると、提供されている映画やTVドラマが見放題だよ、と教えてくれました。
 既に会員だったし、PCだけではなくスマートフォンでもOKと言うので、さっそく見てみると、そんなにタイトルは多くありませんが、見たかったもの、懐かしいものもけっこうあって、札幌に戻ってからも、夜、寝床に入ってから見る習慣がついてしまいました。

...

 そんな中で、つい、全編、割と一気に見てしまったのが、有川浩原作のTVドラマ、「空飛ぶ広報室」でした。
 内容は、詳しくは公式サイト(http://www.tbs.co.jp/soratobu-tbs/)を見ていただければと思いますが、TV局に入りながら、報道志望だったのに、ある失敗から意に反してバラエティ班のディレクターに追いやられた、新垣結衣演じるリカ、そして航空自衛隊ブルーインパルスのパイロットに選ばれながら、交通事故で操縦ができなくなり、失意のまま広報室の仕事をこなしている、綾野剛演じる空井。この二人の再生と恋の行方が、物語の主軸です。

 そして、もう一つの大事な軸が、リカの「自衛隊観」。
 世間で自衛隊を否定している人と同じようにリカも見ていたのですが、空井をはじめとする広報室のメンバーと関わる中で、自衛隊を理解していく――もしかしたら制作者側としては、こちらの方が主軸だったのかもしれません。

 このドラマに出てくる空幕広報室は、たぶん、現実離れしていると思います。チームは基本的に雰囲気がいいし、皆、仲が良い。野心を持つ人や腹黒い人は一人もいません。
 時々、ボタンの掛け違え程度の誤解なんかも生じますけど、その回の最後には大団円を迎えます。

 物語の中では、自衛隊の中の醜い部分にもまったく触れていないわけではありません。
 たとえば、防衛大を出て幹部として赴任した女性自衛官が、下の階級ながらベテランで実質的にチームをまとめている男の主導で、部隊からハブられるとか。
 今は広報室の一員であるその女性が、昔のそのことをトラウマにしているんだけど、ある任務を機に、その時の部下と和解し、トラウマを克服する、なんていうことも描かれています。
 でも、自衛隊の内部事情なんて何一つ知らないけど、一般社会のいろいろなことをふつうに経験している身としては、こんなきれい事があるんかいな、なんて思ったのは事実です。
 ただ、断っておくけど、このドラマそのものは私は大好きで、テレビっ子でドラマ好きの私の、これまで何10年と見てきたドラマのベスト5には入ると思うし、この自衛隊の描き方に、嫌悪感はありません。
 でも多くの視聴者がこのドラマの中の自衛隊の描き方を見てどう思うのか、それはたいへん気になるところでした。

 終盤で、広報室が作った空自のPR動画がネット上で大評判になったときに、ある評論家が、リカの局のある番組で、「ヤラセであり、そんなきれい事では済まない」と批判します。
 当然、空自は抗議しますが、局側は、「局としての意見ではない、出演者個人の意見であり、それを封じることこそ言論の統制になる」と、謝罪を拒否します。そしてそのことで、リカも立場が悪くなり、結局、自衛隊の担当から外されてしまいます。

 このあたりから、リカと空井二人の恋の行方も迷路に入り込むのですが、それをひっくり返したのが、東日本大震災でした。

 公式サイトを見ていただくとその辺の流れが分かるのでここでは触れません。
 でも、「我が国に軍隊を置いてはダメ」という、自衛隊を否定的に見る側の一般的な意見に対し、災害救助、人命救助に命を賭けている自衛隊の活躍を描くことでそれに対抗するのは、ちょっと違うのではないか――今回あらためてこのドラマを一気に見て、考えさせられたのはその一点でした。

 このドラマは、今、作っても良かったかもしれない。
 自衛隊は「災害救助隊」でよい、という考えも我が国で根強い中、そして昨年、いわゆる安保法制が成立して騒然としながら、もう「のど元過ぎれば…」になっている今、さらに言えば、憲法改正が次第に騒がれ始めている今だからこそ、このドラマの中に込められている、平和とか、軍備とか、そして自衛隊そのものを考える一つのきっかけにはなると思います。

 良くできたラブコメとして見て、「ああ面白かった」で済ませたら、ちょっと残念かもね。
(2016.07.20)

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