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2017年5月11日 (木)

足利市のこと

 2、3日前に見たネットニュースの見出しに、足利市長が無投票で再選されたとあり、足利に少しばかり思い入れのある身としては、つい全文を読んでしまった。

 といっても、足利市とはこれまでまったく縁もゆかりもなければ、もちろん行ったこともない。なのになぜ思い入れがあるのかというと、名曲「渡良瀬橋」を生んだ街だからである。

 以前も書いたが、「物語」を予感させる歌詞もいいし、プロモーションビデオというか、森高千里の「渡良瀬橋」への思いを映像で綴った動画(https://www.youtube.com/watch?v=tcAL_I_DJUM)を見てから、自分の中でもノスタルジアを呼び起こす街となった。

 足利市長の再選の記事には、市の一層の振興とともに、人口増がやはり大きな課題であるとあった。
 そこで、振興策の一環として、ぜひ提案したい。
 但し、市の実状を知らない赤の他人の、妄想モード全開の話なので、そのつもりで読み捨てて下さい。

 市内にある渡良瀬橋のほとりには、「渡良瀬橋」の歌碑が建てられているそうである。つまり、そういう詩心のある街なんだと思う。そこで、足利を「詩と物語の街」と謳い、『足利物語』の募集を行うのである。

 どういう内容かというと、「渡良瀬橋」の歌詞が当てはまる物語を募集するのである。

 森高の詞は、ひと言で言ってしまうと、互いに想い合っている男女が、それぞれに理由があって一緒になれない、というもの。

 具体的なシチュエーションに踏み込むと、女性は足利に住み、男性は、たとえば東京に暮らしている。そして女性は「この街を離れられない」と訴え、男性は足利を「いい街だ、ここで暮らしたい」と言ったことがある。なのに、結局一緒になれなかった二人。
 さらに、女性が男性の声を聞きたくて電話をするときに、携帯でも家の電話でもなく、近くの公衆電話まで走った、等々。

 うーん、想像がふくらみますねー。
 つまり、「こういう背景や物語があれば、こういう歌詞が成立するな」という小説。これを、公募対象にするのである。年に1回でなくても、1年おきでもいい。

 授賞式のプレゼンターは、もちろん森高千里。大賞受賞者には、賞金だけでなく、本にするとか、広報紙に連載するとか、何らかの形で世に出してあげれば、喜ぶ人は多いはず。森高には、「渡良瀬橋」の他にもう2、3曲歌ってもらうミニミニコンサートの形式にすれば、授賞式には、市内だけでなく、近隣市町村の住民やコアな森高ファンも集まるだろう。

 さらに、小説部門だけでなく、たとえば足利を詠んだ詩や、足利の夕陽の写真のコンテストなんかもあると、なお良い。何せ、「夕陽がきれいな街」なのだから。そうなると、「詩と物語と夕陽の街」か。まぁちょっとくどいかも。

 足利の行政に携わる人がこの記事を見る可能性はほとんどないと思うけど、もし何かの間違いで実現の運びになったら、もちろんアイデア料はいらないが、授賞式に毎年呼んでもらえると嬉しいネ。
(2017.04.21)

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