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2017年5月14日 (日)

日本は監視社会だったのか

 「共謀罪」「テロ等準備罪」と敵味方で別々に呼び合っているその法案は、ウィキペディアによると、

 「日本の組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律(通称:組織犯罪処罰法)の『第二章 組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の没収等』に新設することが検討されている『組織的な犯罪の共謀』の罪の略称」

 となっているが、賛成・反対を叫んでいる人の中でも、この段階を分かっていない人って、実はけっこう多いのではないかと思う。

 それはともかく、「共謀罪」と呼ぶ反対派の主張に、「成立したら日本は監視社会になってしまう」というものがある。
 これに対し、「いや、日本は既に監視社会になっている。その淵源は、戦中の『隣組』の存在である」という意見がある。
 私も実は、「隣組」が日本の監視社会を醸成してきた、と思っていたのだが、あらためて調べてみると、もっと古く、飛鳥時代にその淵源を求めることができるのだそうである。

 学術的に調べたわけではなく、ネットサーフィンによるナナメ読みなので、大雑把にしか私も分かっていないが、古代律令制の中でその仕組みが生まれ、その目的として、相互扶助と犯罪防止が初めから明記されていたそうである。
 ここで気になるのは、「犯罪防止」がどういう意味を帯びているか、である。

 これはNHKの造語だそうだが、「地域力」ということばがある。現代用語である。
 ある地域の人々が、簡単に言うと、どこに誰が住んでいるのか、どんな仕事をしているのか、どんなサイクルの生活をしているのかが、相互に分かっている状態のことを言う。
 なので、「地域力」がある地域では、たとえば空き巣などが留守の家を探したり狙いを定めたりしてすると、たちまち隣近所の人が出てきて、「××さんに何かご用ですか?」と声を掛けたりする。
 掛けられた方は、「この地域はヤバいな」と、たちまち退散するそうで、実際にそうした犯罪の経験者も、地域が連帯している町は仕事がやりにくい、と証言しているそうである。

 と、これはプラスの方の犯罪防止だが、一方では、やはり相互監視という側面があったようだ。
 一つには、グループ化された人々の中で、犯罪者――昔々は、租税を納めないで夜逃げすることなどを想定していた――を出した場合、そのグループの全体もしくは責任者が、連帯して処罰されることになっていたことがある。つまり、おらがグループの中からそんな不届き者を出してはならねぇ、と、互いに目を光らせていたのである。
 私が気になるのは、この相反する「心の有り様」が、一人の人間の中に矛盾なく存在してきた、ということである。

 仲間内や近所同士で、何か困っている人がいれば助け合う、というのは、人間の持つ本然的な心の働きだと思う。
 ではその仲間内から、犯罪の予兆を感じ取ったらどう対応するか。
 ふつうなら、「そんなことはやめろ」と諫めるだろう。それは正義感もあるけど、犯罪を犯せば、刑事罰を受けるだけでなく、一生を棒に振ることになりかねない、ということを、経験的に(多くは人の経験の見聞だけど)知っているから、相手のことを思って諫めるのだと思う。
 でも、この「人の犯罪を諫める心」は、今の日本人からは、大きく後退しているといえるのではないか。そしてそれは人間関係が希薄な都会だろうと、地域的結束がなお強い郡部だろうと、そんなに変わらないだろう。

 私はこれこそが、律令以来、育んできた「相互監視」の悪しき結果だと思っている。
 つまり、相互扶助にしても犯罪防止にしても、本来なら「その人のことを思う」心が為すべきことだったのに、犯罪防止については、「自分も罪に問われるから」という仕組みのせいで、自己防衛から周りを監視させるように仕向けたのである。
 その「自分も罪に問われるから」という縛りが、隣組の消滅以来、日本の中に制度としては無くなってしまった。そうなると、「もう自分が罪に問われることがないから、周りの者が犯罪を犯しても関係ない」という方向に変化する。
 単純だと思うかもしれないが、戦後の70年余というのは、日本人の気質を変えるには十分な時間だと思っている。

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