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2017年6月21日 (水)

我が実家よさようなら…

 先週ほぼ一週間、実家の引っ越しで東京に行ってきた。
 そこで生まれ育ち、60年間、いつでも“在った”実家だったが、老朽化には勝てなかった。一人で住んでいた姉の身では維持・管理もたいへんで、分相応な小さいマンションに引っ越したのだ。

 さすがに何か感慨が湧くかと思ったが、人生の3分の2はこちら、札幌で過ごしているので、感傷的になることがなかったのは、我ながら意外だった。尤も、引っ越しと不要品の整理・処分で、体はくたくた、感慨が湧くヒマがなかったというのが正直なところかも。

 実家の一階は、工場や事務所として貸していたのだが、もう10年以上、借り手が付かず、父や母が亡くなった際には、遺品の「とりあえずの保管場所」にしていたので、まぁ荷物の多かったこと。一人で黙々と片付けていた姉には、外野から「断捨離だよ、断捨離」と呼びかけていたものの、家を移るさまざまなやっかいごとも、ほぼ一人でこなしていたので、整理はそれほど進まなかったようだ。
 この4月以降、下の姉や私が行っては手伝ったりしていたが、膨大な荷物を前に、どう片付けていいか、姉弟して途方に暮れていましたね。でも今回はさすがに、引っ越し本番と、その翌日に不要品を業者に引き取ってもらうのが続くため、待ったなしでした。

 たいへんだったのは、引っ越しそのものよりも、むしろ不要品のゴミ出しの方だった。
 最後の最後まで、捨てていいものか、やはり取っておくか、判断がつかないものもあり、家を引き渡す直前に、もう一度引き取り業者に依頼する、と、姉も決断せざるを得なかった。実際、今回も、見積もりに来てもらった時より格段に捨てるものが増え、業者からは数万円の上乗せを要求されました。まぁそれは姉も納得ずくでしたけどね。

 引き渡しが済み、取り壊されて更地になったら、そのときはぜひ一度来てみようと思う。見慣れた「そこにあったもの」が無いというのは、どんな感じになるんだか。
 親が亡くなったときも、しばらく経って、「あ、そうか、もういないんだっけ」という気持が、何かの折にふいに湧いてきて、はじめて親の死に感傷的になったしね。まぁ、家と親の存在とは比較にならないかもしれないけど。

 齢とともに、この北海道の冬の寒さがからだに堪えて、いよいよ我慢できなくなったら本州に引っ越そうか、なんてカミさんとどこまで本気か分からない話をしているけど、今回のことで、ちょっと考えが変わったように思う。
 もし本当に引っ越すにしても、引っ越し先で、家具から什器、衣類、日用品まで、すべて一から調達するぐらいでないと、とてもじゃないけど老齢の身には厳しいだろうなと、心から思いましたヨ。

 まぁでも衣類はそうはいかないか。男はともかく、女性には簡単に捨てられない服も多いだろうし。あと書籍。ほぼ3間(けん)分の幅の書棚に並んでいる中には、もちろん捨てても惜しくない本も少なくないが、文庫本であっても手放したくないものもけっこうある。これの選別には滅茶苦茶時間がかかるだろうなぁ。いまから少しずつやっていくかな、なんて思うけど、これが必要に迫られないと手を付けないんだよね。
 人には「断捨離」なんて簡単に言うけどネ。

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