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2017年6月 6日 (火)

「わたしをみつけて」それから…(1)

  「わたしをみつけて」それから…

 NHKドラマ「わたしをみつけて」にリスペクトを捧げつつ、設定をお借りして勝手に書いた、その後の物語です。
 オリジナルのドラマについては、NHKの公式サイトをご覧下さい。

 登場人物
 ・山本弥生…星見ヶ丘病院准看護師。小さい頃に親に捨てられ、以来、人に心を閉ざして生きてきた。一昨年、入院してきた老人・菊地や新任師長・藤堂との出会い、そして同僚の悩みに深く関わることで、周囲に心を開くことが出来た体験を持つ。
 ・神田恵美子…星見ヶ丘病院正看護師。小四の息子と二人暮らし。夫の浮気が原因で息子が小さいときに離婚。一昨年、恋人のDVに苦しめられるが、弥生をはじめ、病院を挙げての支えで乗り越えた。
 ・五十嵐菜奈…星見ヶ丘病院正看護師、第一ナース室主任。師長が不在なので、事実上、師長格。
 ・後藤雅之…星見ヶ丘病院副理事長兼事務長。父である啓一郎の後を継ぐため医師を目指したが、どうしても血を見ることが出来ず、事務方として後継を目指している。
 ・後藤啓一郎…星見ヶ丘病院理事長。昨年3月まで院長を兼務していたが、院長の方は院外から招いた浜田惣太郎に譲った。
 ・関美千代…星見ヶ丘病院正看護師。
 ・飯野七海…星見ヶ丘病院准看護師。
 ・佐久間…星見ヶ丘病院外科医師。
 ・浜田惣太郎…昨年4月より星見ヶ丘病院院長。
 ・神田勇太…神田恵美子の息子。小学四年。

 山本弥生が藤堂師長の誘いを断り、星見ヶ丘病院に残ることを決めてから、1年余りが過ぎていた。

 この1年だけでもずいぶんいろいろなことがあったと、弥生は定時制看護学校の2年に進級した時、あらためて思うのだった。

 1年前の3月。
 病院の体制が大きく変わった。
 理事長兼院長の後藤啓一郎が、退任を表明したのだ。
 院長の後任は、すぐに見つかった。啓一郎の同期の身内でである浜田惣太郎という外科医で、地方で開業していたが、その地域も過疎化が進み、経営に苦労していたという。腕はいいらしい。
 会ってみると、人格的にも申し分なく、患者やスタッフを大事にしながらやっていくだろうと思い、即決したのだ。

 理事長職は、当然、息子の雅之に譲るつもりをしていた。
 でも雅之は、いきなりの理事長は荷が重過ぎると固辞したため、ひとまず理事長に残り、雅之を副理事長兼事務長にして、後方から見守ることにしたのだ。
 病院には求められた時以外、顔を出さず、出来るだけ雅之に判断させていたが、1年も経つと、呼び出される回数もずいぶん減ってきたと思う。

 一抹の寂しさを感じないわけでもなかったが、妻と二人で旅行に行ったり、リタイア組の仲間とゴルフに行ったりという生活も、日常になりつつあった。

 弥生が看護学校に行き始めたのも、病院の制度改革によるものだった。
 弥生に、いずれはナースを率いる立場に就いてもらいたい、そう思った雅之が、勤務実績が優良な准看護師を、業務命令として、正看護師の道に進めさせることにしたのだ。
 働きながらの通学なので、3年間と年数はかかるが、准看護師には大きな希望を与えたようだ。
 そしてその第一号に、弥生が選ばれたのである。
 業務の一環なので、費用は全面的に病院が負担してくれる。
 そのかわり、卒業後5年間は、星見ヶ丘病院で働く義務を負う。万一、病院を離れる場合は、学費を返還する契約をさせられるのだ。
 もちろん、弥生にとって、そんなことは何の問題でもなかった。元々、この病院こそが自分の居場所と決めていたので、5年どころか、ずっと、いられるまでここにいたいと思っていたからだ。

 勤務のシフトも、業務命令なので、通学に最大限の配慮をしてくれる。
 まぁそれでも、1、2カ月に一度くらい、手術が立て込んだりで、どうしても学校を休まなければならなくなるのはやむを得ないが。

 藤堂が抜けた後の第一ナース室は、後任の師長に、五十嵐菜奈が抜擢された。でも五十嵐もまた、「藤堂師長には遠く及ばない」とこれを辞退、ひとまず主任として、全体を見ていくことになった。
 本来であれば、入院患者と手術を担当する第一ナース室と、外来専門の第二ナース室は、1年ごとに3分の1程度が入れ替わるのが通例だった。
 しかし、現在、師長がいないこと、また准看とはいえ、ベテラン並みの働きを見せている弥生が、3年間は日勤専門になることから、当面は異動をせずに固定化させようと、第二ナース室の師長から提案があったのだ。

 さて、看護学校の“2年生”として、気持ちもあらたにスタートを切った弥生だったが、最近、すこし気になっていることがあった。
 神田恵美子が、また、元気がないのである。そしてそれは、弥生だけでなく、次第に皆の気付くこととなっていった。

「また前のDV男が現れたんじゃないの?」
 半分は心配、半分は興味本位で、無責任に噂する同僚たち。でもそれを、五十嵐はすぐに咎めた。
「ちょっとあなたたち、想像で何をいってるの? 心配ならまず聞いてみなさいよ。仲間でしょ?」
「主任、その言い方、藤堂師長に似てきましたね」
 相変わらずお調子者の関美千代が混ぜっ返す。
 でも五十嵐は笑わず、美千代を軽く睨んで言った。
「まぁでも、確かに心配は心配よね。分かった。私がちゃんと聞くから、みんなはそれまで無責任なことを言わないように」
「ハイ、五十嵐“師長”」と、敬礼する美千代。
 これには五十嵐も苦笑するしかなかった。

 その日、帰り際に、弥生は五十嵐から呼び止められた。
「山本さん、ちょっといい? 神田さんのことなんだけど」
「はい…」
「最近なんか元気ないでしょ。山本さん、何か聞いてる?」
「あ、いえ、私も気になっていたんですけど、勤務が終わったらすぐに学校に行かなくちゃならないので、話す機会がなかったんですよね」
「そっかー。神田さん、一昨年の一件以来、山本さんのことをすごく信頼しているみたいだから、何か話しているかなと思って」
「すみません…」
 確かに、自分が聞くべきだったかもしれない…。そう思って、弥生は心から申し訳なく思った。
 でも五十嵐は、弥生の表情から心の内を察したのか、明るく言った。
「いいの、いいの。そんなの、主任である私の役割なんだから。でも、近々聞いてみようと思うんだけど、山本さん、一緒に聞いてくれる?」
「はい、もちろん」
「ありがとう。じゃあ、明後日、三人のシフトが揃うし、今のところ手術の予定もないし、どうかしら」
「わかりました」
「じゃあ、よろしくね」
 それだけ言うと、五十嵐は更衣室を出て行った。

 弥生はしばらくボーッとしていたが、時計を見ると、慌てて着替えを済ませ、学校に向かった。今日は昼食を食べる時間が取れないかもしれない。

 今の弥生のタイムスケジュールは、朝の8時から正午までが勤務、そのあと、午後1時半から夕方5時までが授業である。週に1回は全日授業もあって、感覚的には「ほとんど仕事ができない」という気がしていた。
 そのため弥生は、授業のあと病院に戻り、夜9時ぐらいまでなら勤務できると申し出たのだが、主任の五十嵐からも、事務長の雅之からも止められた。
 五十嵐は、「学校に行けば分かるけど、家に持ち帰る課題も多いし、絶対に無理」と、自身の体験からストップをかけた。
 そして雅之は、「山本さんなら真面目だし、根性もあるから、こなせるかもしれない。でも、あとに続く人たちが、『そこまでしなければならないのだったら、自分には無理』と、悪い前例を作ってしまう。
 後輩たちがこの制度に希望を持てるように、少し緩やかにしておきたいんだ。
 学校に通う時間は勤務時間と規定しているんだから、堂々と行ってきて下さい」と、将来を見通してそう言うのだった。
 雅之の言葉は、少しだけ弥生を感動させた。
 (ああ、事務長は本当にいろんなところに気を配りながら、病院の将来を考えているんだな)
 医者にはなれなかったけど、父親と違ったアプローチから、この病院を盛り立てていくんじゃないか――弥生はそんな予感がするのだった。

 そして実際に学校に通ってみると、本当に五十嵐の言う通りだった。
 課題は多いし、ないときでも予習復習は欠かせない。
 夕飯はカレーと決まっていた弥生の習慣が、ここで大きく役に立ったのは言うまでもない。休みの日に一週間分を作り置いておく。ただ、カレーと一緒に必ず食卓に乗っていた豆腐を毎日買いに行けないのが、ちょっと辛かった。
 いつも買う自宅近くの専門店の豆腐は、スーパーで売っている大量生産のパック詰めと違って、買ってもせいぜい2、3日しか持たない。
 豆腐は、休みの日とその翌々日までしか食べられない「ご馳走」になった。

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